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2011年MotoGPチャンピオン‐C.ストーナーのプロフィール

2011年MotoGPチャンピオン‐C.ストーナーのプロフィール

同胞の偉大な王者ミック・ドゥーハンに憧れ、ホンダのファクトリーチーム、レプソル・ホンダの移籍した1年目、26歳の誕生日に、母国グランプリで5連覇を達成して、タイトルを獲得したストーナーのプロフィールを紹介。

800ccクラス元年の2007年。最高峰クラスに進出した2年目、ドゥカティのファクトリーチーム1年目に第15戦日本GPで初タイトルを獲得したケーシー・ストーナーは、800ccクラス最終年の2011年に、ホンダのファクトリーチームに移籍。第16戦オーストラリアGPで2度目のタイトルを獲得。

ジャコモ・アゴスチーニ、バレンティーノ・ロッシ、ジェフ・デューク、エディ・ローソンに次ぐ、史上5人目となる2メーカーでの最高峰制覇を達成した。

ストーナーは、父親コーリンの指導と支援の下、6歳でオーストラリア・ダートトラック選手権の初タイトルを奪取。8年間で42のタイトルを獲得すると、14歳の時に、ダートトラックからロードへの転向を試みたが、オーストラリアでは、国内選手権への参戦規定が16歳以上であることから、家族と共に欧州に移住。

イギリスのアプリリアRSチャレンジ(ランク2位)とスペインの国内選手権(2戦にスポット参戦)に挑戦すると、そのパフォーマンスが評価され、ヤングライダーの発掘・育成に専従していたアルベルト・プーチの下、テレフォニカ・モービスター・チームのライダーとして、翌年の2001年にスペイン選手権(ランク2位)と英国選手権(ランク2位)にダブル参戦した。

2002年、ルーチョ・チェッキネロ率いるLCRから250ccクラスに初エントリーを開始。翌年も同チームから125ccクラスに転向すると、最終戦バレンシアGPで初優勝を飾り、オーストラリア人として最年少の記録を更新した。

2004年は、KTMのファクトリーチームに移籍。第12戦マレーシアGPで参戦2年目のオーストリアファクトリーに初優勝をもたらした。

2005年は、古巣LCRに復帰。250ccクラスに再挑戦して、オーストラリア人としては中量級最多の5勝を挙げ、ランク2位を獲得すると、翌年からチェッキネロと共に最高峰クラスへの挑戦を開始する。

第2戦カタールGPでポールポジション、第3戦トルコGPで2位表彰台を獲得。その一方で、クラス最多となる14度の転倒を記録。第10戦ドイツGPではウォームアップ中に連続して転倒を喫したことから、ドクターストップにより欠場を強いられた。

2007年、ドゥカティのファクトリーライダーとして抜擢され、ドゥカティ・マールボロ入りを果たすと、開幕戦カタールGPでデビューウインを飾り、チャンピオンシップをリード。史上4人目の年間10勝をマークし、オーストラリア人としては、ワイン・ガードナー、ミック・ドゥーハンに次ぐ3人目のチャンピオンに、そして、フレディ・スペンサー(1983年)に次ぐ最少年王者(21歳と342日)に輝いた。同時にイタリアンファクトリーにチーム部門とコンストラクターズ部門の初タイトルをもたらした。

2008年は、序盤でポイントを稼ぐことができなかったが、第7戦カタルーニャGPでポールポジションを奪取すると、一気に7戦連続してトップグリッドを獲得。第8戦イギリスGPから3連勝で、タイトル争いに巻き返してきたが、第11戦アメリカGPで転倒から優勝の機会を失うと、2戦連続してトップ走行中に転倒リタイヤを喫し、2連覇への可能性が消滅した。

2009年は、開幕3連勝を達成すると、第5戦イタリアGPでドゥカティに地元初優勝をもたらし、ポイントリーダーに飛び出したが、第6戦カタルーニャGPから体調を崩し、第11戦チェコGPから3戦に欠場。復帰戦となった第14戦ポルトガルGPで2位に入ると、第15戦オーストラリアGPで地元3連勝を達成。第16戦マレーシアGPでは、史上12人目、現役ではバレンティーノ・ロッシに次ぐ2人目の最高峰クラス通算20勝目を獲得。最終戦バレンシアGPでは決勝レース前に転倒リタイヤを喫して、ランク3位を逃した。

2010年は、ドゥカティ・マールボロから継続参戦。ウインターブレーク中は、フィジカル面の強化に努めたが、オープニングレースで転倒。序盤はフロントの信頼性が得られなかったが、中盤から表彰台を連取。終盤に3勝を挙げたが、2年連続してランク4位だった。

最高峰クラス6年目を迎える参戦11年目の2011年は、2010年7月9日に契約したホンダのファクトリーチームへ移籍。少年期から憧れていたレプソル・ホンダからウインターテストに挑むと、1番時計を連発。素早い順応性を再度証明。

開幕戦でポール・トゥ・フィニッシュを決めると、第15戦日本GPまでに8勝を含む14度の表彰台を獲得。そして、第16戦オーストラリアGPでは、今季11度目のポールポジションから母国グランプリ5連勝を達成。地元ファンの前で2度目のタイトルを獲得した。

Tags:
MotoGP, 2011, IVECO AUSTRALIAN GRAND PRIX, Casey Stoner, Repsol Honda Team

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