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ドゥカティのチャンピオンシップヒストリー

ドゥカティのチャンピオンシップヒストリー

2003年に復帰したドゥカティの軌跡を振り返る。

ドゥカティは、ソチエタ・シエンティフィカ・ラディオ・ドゥカーティとして1926年に創業、1946年にバイクを初生産すると、1971年に500ccクラス初参戦。2年間参戦した後、最高峰クラスの技術規則が変更された2002年に参戦を決意すると、5月に地元のムジェロ・サーキットで開催された第5戦イタリアGPで、4ストロークマシンを初披露。

2003年
ファクトリーチームのドゥカティ・マールボロ・チームは、当時チャンピオンシップを代表したイタリア人ライダー、ロリス・カピロッシと2001年スーパーバイク世界選手権王者のトロイ・ベイリスを起用。ドゥカティの代名詞と呼ばれる強制バルブ開閉システムのデスモドロミック・バルブオペレーションを採用した90度L型4気筒4ストロークエンジンをトランスフレームに搭載。最初のプロトタイプマシン、デスモセディチGP3を投入。

デビュー戦となった開幕戦日本GPでカピロッシが3位表彰台を獲得すると、第6戦カタルーニャGPでは初優勝を達成。6度の表彰台を獲得したカピロッシが総合4位、3度の3位を獲得したベイリスが総合6位に進出。デビューシーズンでコンストラクターズ部門総合2位、チーム部門総合3位に進出した。

2004年
ドゥカティ・マールボロ・チームは、カピロッシとベイリスを継続起用。デスモセディチGP4が投入されたが、それぞれ1度の3位表彰台獲得に止まったカピロッシは総合9位、ベイリスは総合14位に後退。

プライベートチームに型落ちのマシン供給を開始。前年のスーパーバイク世界選手権でドゥカティを走らせてチャンピオンに輝いたニール・ホジソンと総合2位のルベン・チャウズが、ダンティーン・MotoGPから初参戦し、それぞれ総合17位と11位に進出した。

2005年
ドゥカティ・マールボロ・チームは、ベイリスに替わって前年に総合7位に進出したカルロス・チェカを起用。タイヤをミシュランからブリヂストンに変更し、カピロッシが第12戦日本GPと第13戦マレーシアGPで連勝。4度の表彰台を獲得して総合6位に進出すれば、2度の3位を獲得したチェカは総合9位。

サテライトチームのダンティーン・MotoGP‐プラマックは、250ccクラスで活躍していたロベルト・ロルフォを起用し、総合18位。

2006年
ドゥカティ・マールボロ・チームは、チェカに替わって前年に総合7位に進出したセテ・ジベルナウを起用。カピロッシが3勝を含む8度の表彰台を獲得して総合3位に進出すれば、ジベルナウは総合13位。復帰したスーパーバイク世界選手権で2度目のタイトル獲得に成功したベイリスは、負傷代役とし参戦した最終戦バレンシアGP初優勝。

サテライトチームのプラマック・ダンティーン・MotoGPは、2年間カワサキからフル参戦していたアレックス・ホフマンとスペイン選手権に活躍していたホセ・ルイス・カルドソを起用し、総合17位と20位。

2007年
ドゥカティ・マールボロ・チームは、ジベルナウに替わって最高峰クラス1年目の前年に総合8位に進出したケーシー・ストーナーを起用。技術規則の変更により、排気量が990ccから800ccに縮小されたが、フィリッポ・プレジオーシを中心に早い時期から開発に取り掛かった成果が功を奏し、デスモセディチGP7を走らせたストーナーが開幕戦カタールGPで優勝すると、年間10勝を含む14度の表彰台を獲得。第15戦日本GPで初タイトル獲得に成功すると、カピロッシは、同グランプリで3年連続の優勝を含む4度の表彰台獲得で総合7位に進出。コンストラクター部門、チーム部門も初めてタイトルを獲得し、僅か参戦5年目で3冠を達成。

プラマック・ダンティーン・MotoGPは、継続起用のホフマンが総合13位。前年にスーパーバイク世界選手権に参戦していたアレックス・バロスを召集すると、第6戦イタリアGPで、ドゥカティのサテライトでは初めて表彰台を獲得し、総合10位に進出。

2008年
ドゥカティ・マールボロ・チームは、プロジェクト発足当初から中心的な存在となっていたカピロッシの替わり、前年に総合5位に進出した同胞のマルコ・メランドリを起用したが、デスモセディチGP8に適応できずに総合16位。ストーナーは、6勝を含む11度の表彰台を獲得して総合2位。

元ダンティーン・チームのアリチェ・チームは、前年に総合12位のトニ・エリアスと16位のシルバン・ギュントーリを召集し、総合12位と13位。

2009年
ドゥカティ・マールボロ・チームは、2年契約を結んでいたメランドリとの間で、双方合意により契約期間を1年に短縮したことから、2006年王者のニッキー・ヘイデンを召集。パイプを用いたトラスフレームからカーボンフレームに変更したデスモセディチGP9を投入。ストーナーは体調不良により、中盤3戦の欠場を強いられたが、4勝を含む8度の表彰台を獲得して総合4位。ヘイデンは総合13位。

元アリチェ・チームのプラマック・レーシングは、250ccクラスで実績を挙げたミカ・カリオとドゥカティのテストライダーを務めていたニッコロ・カネパを起用すると、総合15位と16位に進出。

新規参戦のグループ・フランシスコ・エルナンドに、初めて5台目が供給され、2006年11月に現役から引退していた元ファクトリーライダーのジベルナウが復帰したが、資金難により、前半戦終了後に撤退。

2010年
ドゥカティ・マールボロ・チームは、ストーナー&ヘイデンの体制を継続。スイングアームもカーボン製が採用されたデスモセディチGP10を走らせ、総合4位と7位に進出。

プラマック・レーシングは、カリオを継続起用したが、総合17位に後退。前年に負傷代役として4戦に招集したアレイシ・エスパルガロをレギュラーライダーに抜擢して総合14位。

軽量級と中量級で実績があるアスパル・チームが、ドゥカティと合意して最高峰クラスに初参戦すると、エクトル・バルベラが総合12位に進出。

2011年
ファクトリーチームのドゥカティ・チームは、4年間で23勝をもたらしたストーナーに替わり、最高峰クラスで7度のタイトルを獲得したバレンティーノ・ロッシを起用。デスモセディGP11は、シーズン中にアルミフレームが採用されるなど試行錯誤を続けたが、ロッシは第4戦フランスGP、ヘイデンは第2戦スペインGPで3位表彰台を獲得するに止まり、総合7位と8位。2004年以来の未勝利に終わった。

プラマック・レーシング・チームは、元ファクトリーライダーのカピロッシを起用して総合17位。新加入のランディ・ド・プニエは総合16位。マプフレ・アスパル・チームのバルベラは、総合11位に進出。

最高峰クラスに初参戦したカルディオンAB・モーターレーシングのカレル・アブラハムは、6台目のドゥカティを走らせて総合14位に進出。

2012年
技術規定の変更に、800ccから1000ccに変更されたエンジンをアルミニウムツインスペアフレームに搭載。ドゥカティ・チームから継続参戦のロッシとヘイデンがデスモセディチGP10を走らせて、総合6位と9位。

プラマック・レーシングに移籍したバルベラは総合11位、カルディオンAB・モーターレーシングのアブラハムは総合14位。

2013年
ドゥカティ・チームは、契約満期となったロッシに替わって、前年にサテライト勢の最高位となる総合4位に進出した同胞のアンドレア・ドビツィオーソを起用。ヘイデンと共に表彰台を獲得できず、総合8位と9位。

2台体制に復帰したプラマック・レーシングは、前年に総合10位だったベン・スピースとMoto2™クラスで活躍したアンドレア・イアンノーネを起用。イアンノーネは総合12位に進出したが、スピースは負傷が影響し、ドゥカティのテストライダーに就任したミケーレ・ピロと他チームから移籍してきたヨニー・エルナンデェスが代役を務めた。

2014年
ドゥカティ・チームは、契約満期となったヘイデンに替わって、前年にサテライト勢の最高位となる総合4位に進出したカル・クラッチローを起用。前年にドゥカティ・コルセのジェネラルマネージャーに就任したルイジ・タリーニャの指導の下で開発が進み、シーズン中には、デスモセディチGP14の進化型としてGP14..2が投入され、ドビツィオーソが2度の表彰台を含む8度のトップ5入りで総合5位に進出。クラッチローは第14戦アラゴンGPで3位表彰台を獲得して総合13位。

プラマック・レーシングのイアンノーネとエルナンデェスは、総合10位と15位。

2015年
ファクトリーチームは、サテライトチームで活躍したイアンノーネをクラッチローに替わって起用。さらに進化したデスモセディチGP15が投入されると、開幕戦カタールGPで2人のアンドレアが優勝争いを繰り広げ、ドビツィオーソが2位、イアンノーネが3位に進出。2010年第14戦アラゴンGP以来となるダブル表彰台を獲得。

イアンノーネは、3度の表彰台を獲得して総合5位を獲得すれば、ドビツィオーソは、5度の表彰台を獲得して総合7位に進出。

プラマック・レーシングは、継続参戦のエルナンデェスが総合14位。新加入のダニロ・ペトルッチが第12戦イギリスGPで2位を獲得し総合10位に躍進。

前年9月にドゥカティとのパートナーシップを結んだアビンティア・レーシングは、バルベラがデスモセディチGP14.2を走らせて、オープンプションの最高位となる総合15位に進出すれば、マイク・ディ・メッリオは総合24位。

2016年
技術規則の変更により、全車が共通ECUを搭載。タイヤがブリヂストンからミシュランに変更される2016年は、ファクトリーチームに新車のデスモセディチGP16を投入。

2014年からパートナーシップを継続するプラマック・レーシングには、デスモセディチGP15を供給。アビンティア・レーシングには、デスモセディチGP14.2を継続供給。2011年以来となるパートナーシップを結んだアスパル・チームにもデスモセディチGP14.2を供給。

過去最大となる8台を投入し、2010年10月の第16戦オーストラリアGP以来となる優勝(通算32勝目)、2007年以来となるタイトル獲得を目指す。

Tags:
MotoGP, 2016, Ducati Team

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