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2015 MotoGP™ World Champion
Jorge Lorenzo

Jorge Lorenzo

2015 CHAMPIONSHIP
1 330
MotoGP 3
250cc 2
125cc -
Jorge Lorenzo
NAME
Movistar Yamaha MotoGP
TEAM
Yamaha
MOTORCYCLE
Palma de Mallorca 04/ 5月/1987
BIRTHPLACE
65 Kg
WEIGHT
172 cm
HEIGHT
TITLES
2006 - 2015
2015 MotoGP
2012 MotoGP
2010 MotoGP
2007 250cc
2006 250cc
BIOGRAPHY

1987年5月4日生まれ(2019年開幕時の年齢は31歳)。出身地は、スペインの地中海に浮かぶマジョルカ島のマルパ・デ・マジョルカ。3歳の時からミニクロスのレースに参加すると、9歳でミニクロス、トライアル、ミニバイク、モトクロスのマジョルカ選手権を独占。11歳で2年目のコパ・アプリリア(50cc)を制した実績が認められ、スペイン連盟から特別許可を得て、若干13歳で国内選手権125ccクラスへの参戦を開始。

2002年5月4日。当時の競技規則に従い、出場最低年齢となる15歳の誕生日を待って、デルビのファクトリーチームから第3戦スペインGPの2日目にデビュー。翌日の決勝レースで、2000年最終戦オーストラリアGPでステファノ・ビアンコが樹立した史上最年少記録を更新(15歳と2日)。

同年の第6戦カタルーニャGPで、史上最年少ポイント獲得記録を更新(15歳と42日)。2003年の第12戦リオGPでは初優勝を飾り、史上2番目の最年少優勝者となり、このとき、ケーシー・ストーナーとダニ・ペドロサをアウト側から抜いたことから、そのイメージを基にロゴを作成。

125ccクラスで総合4位に進出した翌年の2005年に、フォルトゥナ・ホンダから250ccクラスにステップ。総合5位を獲得すると、2006年にはアプリリアのエースライダーに指名され、中量級の最多記録に並ぶ年間10度のポールポジションを獲得。7度のポール・トゥ・ウインを含む8勝を挙げ、初タイトルを獲得し、史上2番目の最年少チャンピオン(19歳と178日)に輝いた。

同チームからタイトル防衛に挑んだ2007年は、9度のポール・トゥ・ウインを含め12度の表彰台を獲得。史上2番目の最年少2連覇に成功。

参戦7年目の2008年、ヤマハのファクトリーチーム、フィアット・ヤマハから最高峰クラスに初参戦。デビュー戦でポールポジションから表彰台を獲得。第3戦ポルトガルGPで、新人としては史上初となる3戦連続のポールポジション、史上5番目となる最年少優勝、史上2番目となる最年少3クラス優勝、史上最年少の3連続表彰台獲得の記録(20歳と345日)を更新。

第6戦イタリアGPで史上最年少となる100戦目を達成(21歳と28日)するなど、開幕から次々に記録を更新して行くが、右足首を骨折した第4戦中国GPのハードクラッシュから転倒が増え、第7戦カタルーニャGPで頭部を強打してドクターストップ。第11戦アメリカGPでは両足を骨折。

総合4位と新人王を獲得した後、ゼッケンをデビューから使用していた48から99に変更。1年目の経験を活かした走りで4勝を含む12度の表彰台を獲得し、シーズン終盤までタイトル争いを展開して総合2位を獲得。

3年目の2010年は、開幕から安定した速さと強さで優勝と表彰台を次々に獲得し、第15戦マレーシアGPで史上6番目となる最年少チャンピオンに輝く。さらに、最終戦バレンシアGPの優勝で年間最多獲得ポイント(383ポイント)、年間最多タイとなる16度の表彰台、年間最多タイとなる18戦連続のポイント連取を達成。

ヤマハ参戦50周年記念となるファクトリーチームのエースとして、チャンピオンナンバーのゼッケン1に変更して挑んだ2011年は、安定して表彰台を連取し、総合2位を獲得。

ゼッケンを99に戻した2012年は、全18戦中6勝を含む16戦で表彰台を獲得。年間最多となる16度目のトップ2入りを達成し、最高峰クラスで2度目のタイトル獲得に成功。

2013年は、後半戦に5勝を含む9戦連続の表彰台を獲得し、最終戦バレンシアGPまでタイトル獲得を展開したが、第7戦TTアッセンの左鎖骨を骨折、第8戦ドイツGPの転倒による欠場が影響して総合2位。2014年は、フラッグ・トゥ・フラッグとなった第14戦アラゴンGPまで優勝が挙げられず、総合3位に後退。

2015年は、第4戦スペインGPから自己最多となる4連勝を達成すると、最終戦バレンシアGPで年間7勝目を挙げ、7ポイント差の逆転に成功。3年振り3度目、史上12人目となる通算5度目のタイトルを獲得。

2016年は、ウェットコンディションとキャリア最多を記録した11度の転倒(3度の転倒リタイア)が影響し、総合3位に後退。

2017年は、9年間所属したヤマハ発動機から離れ、ドゥカティのファクトリーチーム、ドゥカティ・チームから参戦。3度の表彰台を獲得したが、最高峰クラスで初めて未勝利のシーズンとなり、総合7位。2年目はドゥカティのホームレースとなった第6戦イタリアGPで優勝を挙げ、3勝を含む4度の表彰台を獲得したが、第14戦アラゴンGPで右足、第15戦タイGPで左手首を負傷したことが影響して総合9位。

フル参戦18年目、最高峰クラス12年目の2019年は、2018年6月6日に2年契約を締結したHRCのファクトリーチーム、レプソル・ホンダから参戦する。

2015 RACES
スタティスティクス
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レジェンドライダー&レジェンドバイクが集結

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