1994年12月4日生まれ(2026年開幕時の年齢は31歳)。出身地はイタリア・ラッツィオ州のローマ。2011年から『イタリア選手権』と『欧州選手権スーパーストック600』への参戦を開始。2013年には3年目のスーパーストック600でチャンピオンに輝く。
2013年、第13戦サンマリノ&リビエラ・ディ・リミニGPでワイルドカードとしてデビュー。終盤2戦に成績不振のライダーに替わって、グレシーニ・レーシングから参戦。
2014年、イタルトランス・レーシングからレギュラー参戦を開始。1年目は総合11位。2年目は第10戦インディアナポリスGPで3位表彰台を獲得したが、トレーニング中に右脚を骨折したことから4戦に欠場して総合10位。
2016年は、エストレージャ・ガリシア・0,0・マーク・VDSから参戦。8度の表彰台を獲得し総合4位に浮上すると、2017年は参戦54戦目となった開幕戦カタールGPで初優勝を挙げると8勝を含む12度の表彰台を獲得してチャンピオンに輝く。同時にバレンティーノ・ロッシが主宰する『VR46 Riders Academy』に初タイトルをもたらす。
2018年は、チーム内昇格という形で最高峰クラスに初参戦すると、2度の1桁台を含む13度のポイント圏内進出で総合15位と新人王を獲得。
2019年は、2018年8月25日に初参戦が発表されたペトロナス・ヤマハ・セパン・レーシング・チームから参戦。ホンダ機からヤマハ機に乗り換えて総合10位。2年目は第3戦チェコGPで初表彰台、プレミアクラス41戦目となった第6戦サンマリノ&リビエラ・ディ・リミニGPで初優勝。年間3勝を含む5度の表彰台を獲得して総合2位とインディペンデントチームライダーの最高位に進出。
2021年は、2020年7月13日にペトロナス・ヤマハ・セパン・レーシング・チームとの間で2年契約を締結し、フルエントリーライダー22名中唯一のチーム契約ライダーとして参戦すると第5戦フランスGPの際にマシン交換の練習中に左膝を痛め、決勝レースでグラベルに進入した際に再び左膝を痛めたことから、第8戦ドイツGP後に左膝の半月板と前十字靭帯を手術。
2021年9月16日、ヤマハ発動機との間でファクトリーチームから即時参戦する契約を締結。退団したマーベリック・ビニャーレスの後任として、負傷からの復帰戦となった第14戦サンマリノ&リビエラ・ディ・リミニGPからモンスターエナジー・ヤマハに所属し、Aスペックからファクトリースペックに乗り換えて終盤5戦に参戦。2022年は2022年型への適応に苦しんで総合19位に後退。2023年は、ティソ・スプリントと決勝レースで全戦完走を果たして総合13位。
2024年は、2023年9月18日にドゥカティ・コルセとの間で1年契約を結び、ファクトリーサポートを受けるサテライトチームのプリマ・プラマック・レーシングから参戦。ウインターブレイク中のトレーニングアクシデントが原因でプレシーズンのオフィシャルテストを欠場したことから、開幕戦からドゥカティ機への乗り換えを始め、ティソ・スプリントで13度のポイント圏内、決勝レースで11度の1桁台に進出して総合9位。
2025年は、2024年8月16日に契約を締結したプルタミナ・エンデゥーロ・VR46・レーシング・チームから参戦。キャリアで初めてバレンティーノ・ロッシが所有するチームから参戦することになり、2年連続して2024年型のドゥカティ機を走らせると、第11戦ドイツGPのティソ・スプリントで左肩を負傷、最終戦バレンシアGPのグランプリレースで左手を骨折したが、総合7位に進出。
フル参戦13年目、プレミアクラス9年目の2026年は、2025年9月4日に契約期間を1年延長したプルタミナ・エンデゥーロ・VR46・レーシング・チームから継続参戦。