Martin
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Jorge Martin

  • 国籍
    es flag
    Spain
  • Team Aprilia Racing
  • Bike Aprilia
  • 生年月日 29/01/1998 (28 yrs)
  • 出生地 Madrid, Spain

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ライダープロフィール

Bike

Aprilia

生年月日

29/01/1998

出生地

Madrid

身長

168 cm

体重

63 kg

ライダーストーリー

1998年1月29日生まれ(2026年開幕時の年齢は28歳)。出身地は、スペイン・マドリード。6歳の時からミニモトのレースに参戦すると、2012年から『レッドブル・ルーキーズ・カップ』に参戦。1年目総合12位、2年目総合2位、3年目は6勝を含む10度の表彰台を獲得してチャンピオンに輝く。

2016年、アスパル・チームが母体となったマプフレ・チーム・マヒンドラからレギュラー参戦を開始。1年目総合17位、2年目総合16位。3年目の2017年にグレシーニ・レーシングが母体となったデル・コンカ・グレシーニに移籍し、マヒンドラ機からホンダ機に乗り換えると、最終戦バレンシアGPで初優勝を挙げて総合4位に浮上。2年目は7勝を含む10度の表彰台を獲得してチャンピオンに輝く。

2019年は、2018年6月13日にKTM・レーシングとの間で2年契約を締結し、レッドブル・KTM・アジョから中量級に初参戦。第16戦日本GPで初表彰台を獲得して総合11位。2年目はKTM機からカレックス機に乗り換えると第5戦オーストリアGPで初優勝。第14戦バレンシアGPで2勝目を挙げ、新型コロナウイルスに感染したことから2戦の欠場したが総合5位に浮上。

フル参戦7年目の2021年は、KTMからプレミアクラスに昇格する計画があったが、2020年9月30日にドゥカティ・コルセとの間で2年契約を締結し、サテライトチームのプラマック・レーシングから参戦。第2戦ドーハGPでポールポジションから3位初表彰台を獲得。第3戦ポルトガルGPのフリー走行3で転倒を喫した際に右手首など8ヶ所を骨折したことから4戦に欠場したが、後半戦緒戦となった第10戦スティリアGPでポールポジションから初優勝を挙げ、プレミアクラス115人目、『MotoGP™』30人目の勝者となり、出走6戦目の優勝は、最速優勝ランキングで5番目。インディペンデントチームに所属する新人としては最初の勝者となり、『レッドブル・ルーキーズ・カップ』の王者としてはプレミアクラスで初優勝を挙げ、史上5人目となる『Moto3™』、『Moto2™』、『MotoGP™』での優勝を達成。

2022年は、2021年6月3日に継続起用が発表されたプラマック・レーシングから参戦すると、2年連続して4度の表彰台を獲得して2年連続の総合9位。

2023年は、2022年8月26日に2年契約が発表され、プリマ・プラマック・レーシングから継続参戦することになり、契約先のドゥカティ・コルセからファクトリー待遇としてファクトリーマシンが供給されると5戦でティソ・スプリントと決勝レースのダブルウィンを達成。

第10戦オーストリアGPが終了した時点で、62ポイント差のギャップが開いていたが、第15戦インドネシアGPのティソ・スプリントで優勝を挙げ、プレミアクラスで初めてポイントリーダーに飛び出し、最終戦バレンシアGPまでタイトル争いを繰り広げて自己最高位の総合2位に進出。

2024年は、第2戦ポルトガルGPからポイントリーダーに立ち、チャンピオンシップをリードすると、全20戦中決勝レースで3勝を含む16度の表彰台、ティソ・スプリントで7勝を含む16度の表彰台を獲得し、最終戦ソリダリティGPでタイトルを獲得。

2025年は、2024年6月3日に2025年からの複数年契約を締結したアプリリアに所属。プレミアクラス参戦時から追求していたファクトリーチーム、アプリリア・レーシングからチャンピオンナンバー『1』をカウルに貼付して参戦することになったが、年明け最初のオフィシャルテスト初日に転倒を喫して右手と左足を骨折。開幕戦タイGP直前にバイクを使用したトレーニング中の転倒で左手を骨折。アプリリアからのデビュー戦となった第4戦カタールGPのグランプリレースで転倒して肋骨骨折と気胸を負い、第12戦チェコGPで復帰したが、第17戦日本GPのティソ・スプリントで転倒した際に右鎖骨を骨折。最終戦バレンシアGPで復帰して総合21位。

フル参戦12年目、プレミアクラス6年目の2026年は、アプリリア・レーシングから継続参戦。

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