多くのオーストラリア人たち同様に、ダートトラック出身のバーミューレンは、ロードレースへの参加が許可される16歳からオーストラリア選手権(250cc&600cc)へ参戦。1999年に豪州スーパーバイク選手権(ランク8位)でのパフォーマンスが、元500ccクラス王者バーリー・シーンに評価され、2000年からイギリスへ渡り、英国スーパーストック選手権(ランク3位)、英国スーパースポーツ選手権(ランク5位)に参戦した。
翌年の2001年から世界スーパースポーツ選手権へのエントリーを開始し、2年後の2003年に初タイトルを奪取した。
2004年から世界スーパーバイク選手権に参戦。2年目にはランク2位を獲得しただけでなく、負傷代役としてキャメル・ホンダから2戦に参加。デビュー戦となった地元開催の第15戦オーストラリアGPでは11位でフィニッシュした。
2006年、スズキのファクトリーチームからMotoGPへのフル参戦を開始。第3戦トルコGPではスズキに29戦ぶりとなるポールポジションを奪取すると、フラッグ・トゥ・フラッグのレースとなった地元第14戦オーストラリアGPで2位表彰台を獲得。再びフラッグ・トゥ・フラッグのレースとなった2007年第5戦フランスGPで初優勝を飾り、スズキに91戦ぶりの勝利をもたらした。
2008年は、ゼッケンを71から、恩師バーリー・シーンが愛用した7に変更。前年のランク6位以上のリザルトを目指したが、ランク8位に後退。2009年はランク12位だった。
4年間のフル参戦後、2010年からスーパーバイク世界選手権に復帰したが、2月のフィリップアイランドと7月のブルノで右膝を負傷。半月板と靭帯を修復する手術を受け、リハビリに専念していた。
2012年5月、NGM・モバイル・フォワード・レーシングから過去の成績と経験を買われ、第4戦フランスGPに負傷代役として、2011年7月以来となるレースに参戦する。