2000年に全日本GP125で最年少王者となった小山は、同年10月の第15戦パシフィックGPにワイルドカードとしてデビュー。翌年から3年間全日本GP250に参戦した後、世界進出を目指すためにGP125に復帰。2005年にアジョ・モータースポーツからフル参戦を開始した。
デビューシーズンの第15戦オーストラリアGPと第16戦トルコGPで連続表彰台を獲得。ランク8位でルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。
2年目は、、ホンダからマラグーティに乗り換えて同チームから参戦。厳しいシーズンを過ごしたが、3年目にはKTMのファクトリーチーム、レッドブル・KTMから参戦し、第7戦カタルーニャGPで初優勝。ランク3位を獲得した。2008年は、KTMのサテライトチーム、ISPA・KTM・アランから参戦。第15戦日本GP後、チームから解雇されたが、終盤2戦にファクトリーチームから参戦して、KTM勢のトップ成績を残した。
クラス最年長(25歳)として迎えるフル参戦5年目の2009年は、中国ファクトリーチーム、ロンシンから参戦する。