玉田誠は10歳の時にミニバイクレースを始め、5年後の91年には本格的なプロライダーを目指して、松山から熊本へ武者修行。00年全日本選手権スーパーバイククラスの成績(ランク3位)が評価され、HRC入りすると、翌年には同選手権ランク2位。02年にはC.エドワーズとT.ベイリスが支配するスーパーバイク世界選手権でスポット参戦したSUGO大会で優勝を果たして、彼ら2人の覇権に唯一黒星をつけた。03年にはRC211V&ブリヂストンの組み合わせで最高峰クラスにフルエントリーすると、2年目のリオGPと日本GPで2勝をマーク。第7戦リオGPからのリザルトではV.ロッシに次ぐ2番目のポイント数を稼ぎ、世界中に存在をアピールした。05年は新チーム、JiRからコニカミノルタの支援で参戦したが、第2戦ポルトガルGPでの負傷が響いたシーズンとなった。06年も同体制から参戦する。